★ブログが新しく生まれ変わります!・・・工事中でご迷惑をおかけします。

奇想天外・崖っぷち人生

親の仕事の関係で、転校ばかりしてきた小学校時代。
生れてから小学1年までは大阪で育ち、後は転校ばかりの時代だった。 だから、私には幼馴染という存在がいない。
さすがに中学からは転校するのを拒否したので、親の実家の愛媛で定住することになった。
私にとっては、故郷と呼ぶには程遠い地でもあった。

生れてから小学校1年までと大学から大阪で、愛媛では10年も暮らしていないからだ。
だから私にとっては、人生の大半を過ごしてきた大阪が故郷。

今は、親が年老いたこともあるので、一時的に愛媛で暮らしているだけのこと・・・・・。
現在、人生を折り返した独身アラフィフ女子。    

  というよりオッサンかも・・・・ (^_^;) 

社会に出てから、あまりにも激しい人生を 送ってきたので、
正直、学生時代の事はあまり覚えていない。

語りだしたら1冊の本になってしまうので、 自己紹介のつもりで・・・・・
チョットだけ 人生を切り取ってみちゃいます。

非日常的なことも多々あるけど、 もちろん 全て、 ノンフィクション!



昔、昔・・・・
世間体ばかりを超~最優先する夫婦に、チャンバラ好きな娘が生まれました。

そんな親に育てられたせいか、世間の型にハメられるのが超~嫌な娘が育ちました。
それでも娘は、一応、親の保護下の時代は良い子ちゃん。

良い子を装い続けて、大学進学という名目で親元を離れた途端・・・・・・、
奇想天外の人生が始まったのでした。

満員電車が嫌なうえに上司のあの一言・・・次の日、会社を辞めていた!

最初に経験した仕事は営業職。

営業職を選んだ理由は2つ

営業が実力主義だということと 人と話すのが苦手なことを克服するため。 負けん気が強いだけに1年目で役職にも着いて部下も持ったけど、
商品や会社の実情を知り、営業職に興ざめして身を引いた。 さあ、これからどうする・・・・ 一応、大学でインテリアデザインを勉強したので、
技術職で生きようと決め設計事務所にデザイナーを希望して就職した。 給料が10万円。 建築の世界が厳しいことは覚悟していたけど、 やっぱり・・・・・
さらには、建築業界に身を置くなら建築の資格を取れ!と上司に命ぜられ。 そんでもって、通勤は満員電車。 それが嫌で嫌で、マイカー通勤!?      当然、副業しないとムリだよね~(^_^;) そんなこんなで、 今でいうパワハラ上司に言われるまま、建築の資格を取る勉強をしながら、
内緒のWワークで始まった下積み時代。 我ながら、頑張ってたよな~ ところが・・・・ ある日聞いたパワハラ上司の思わぬ言葉。 「俺は、資格まだ取ってないけど・・・」 エッ?!  えっ?! え~ぇ~ぇぇ   次の日・・・・会社を辞めた。

何も考えずに会社を辞めて始まった”崖っぷち人生”


サラリーマンには向かないと思った私は、営業を経験したこともあり、
フリーになることを決めた。 若さだね~。 バイトで知り合った人に営業をして、仕事をもらったのが始まりだった。 トレースの仕事で、 設計事務所でしていた事と同じことをして、
手にしたお金が何と、給料の5倍! 昔から商売に興味を持っていただけに、当然、商売への道へとまっしぐら・・・・・。     もちろん、商売はそんなに甘くない。 自分で仕事を獲得し続けなければならない訳だし・・・・
仕事をしたらしたで、今度は集金のことで心を痛めた。 それでも、商売で自分の城を築きたかった。 そこで私は、不安定な生活を支えるために、2足のわらじを履いた。 それが水商売。 人の倍働いてでも、商売を形にしたかったから・・・・。 この時期に、腹をくくることを覚え、根性と人間関係の成せる技を肌で感じ 「自分の力で生きる」土台ができたのだろう。

2足のわらじを履いて生きた私は・・・M子ちゃん?!

商売をするため・生きるために、2足のわらじを履いて歩いてきた。 

昼の商売の顔では、求められるままに様々な仕事を受けてきた。
言わば「何でも屋」良く言えば「商社」。

何と言っても計画して独立した訳ではないので、
安定した事業を見つけて持続していくことが目標 なのだけれど・・・・・難しい。

何もない所から起業していくことの無謀さは、 無茶としか言いようがない(^_^;)


それでも、個人のデザイン事務所を立ち上げて、 デザインに始まり
建築内装・ネオン看板業から 多業種を経験した。

安定を求めて求められる仕事は何でも挑戦し、カメレオンのごとぐ走り回ってきた。
気がつけば、数限りない業界での経験をさせてもらったよな~。

今の様にネットで仕事をするには難しい時代。
リアル世界のリスクの高さと維持管理の大変 さは、いつも私の前に大きな壁
となって立ちはだかるのです。

だから・・・・・、

それをホローするために「2つの顔」を持 って生きてきたのだ。

けれども、おもしろいことに長年やり続け ていると、
どちらの顔も自分の顔になっているから、アラ不思議。


この時代が、本当の意味での私の基礎になったと思うのです。
生きんがためにやってきたことですが、何事にも誠実に、
だだひたすらに自分ができることを精一杯すると道は開ける。

何よりも接客業のなかでも、1人の人間として正道を歩く水商売は、

究極のコミュニケーション術が磨かれる。
おかげで人間観察は嫌というほどしてきたので、人と人を繋ぐのは得意分野になり、
いつもカウンセリングする役目をしてきた気がする。


あ~ぁ言い切ってしまった!思ってもみなかった方向へと人生が・・・・・

本業が忙しくなると、わらじを1足脱ぐという生き方が私のスタイルになった。
2つの顔も長年やってくると、どちらにも顔ができていたので、自由に出入りできる。


久し振りに昼間が落ち着いたので、
人脈作りを兼ねて一休みしていた2足目のわらじを履いた。 久し振りに戻った場所が、悪徳社長がポケットマネーをつくる店だった。 まぁ~この世界では、よくあるパターン。 何人ものスタッフがいいように使われ、泣かされ潰されていく。 いわゆる使い捨てで成り立っているような職場で、私は初めての経験。     ある時から、現場を管理する役に抜擢されたことで始めて知った、
お客さんとスタッフに対する搾取の手口。 許せない! (心の声) こんなお店は存在させてはいけない(心の声) ある日、可愛がっていた部下が、理不尽な給料の差し押さえを受けて泣きついてきた。 ついに私は、キレた。 『 私が店を出す!倍返しだ! 』(好きだったな~この番組) あ~あ・・・・・ 言い切ってしまった・・・・・。 子どもの頃から、強い者が弱い者をいじめることが許せなかった。 女のくせに、大きな男の子にでも掴みかかって行ってたっけ~ (^_^;) 理不尽な事には、向かって行くタイプで・・・強い者は、弱い者を守ってなんぼやろ~ (なぜかここは大阪弁) ついつい正義感が押さえきれずに、思ってもない方向へと人生が動いてしまう。 また、やってしまった。(^_^;)    ちなみに、そのお店は半年もたたないうちに消えて行ったとか・・・・ イエイエ・・・・決して、悪口も言ってましぇん。 足を引っ張る行為もしていましぇん。 卑怯なやり方が、一番嫌いなもので・・・・・ ただただ・正直に真っ直ぐ誠実に、皆さんと接する日々を重ねただけですので・・・ 誤解のない様。 そういえば・・・・、 会社経営のお店に勤めていた時のこと。 計画倒産の情報をキャッチしたので、逃げられる前に店のスタッフの給料を押さえに、 徹夜して座り込んだこともあったな~^_^;) 権力で弱い人間を押さえ込む人間が
私は、大嫌いだ!筋を通さない人間も大嫌い!
人間裸になれば皆同じ、
人間の尊厳に関わることをされたら許せなくなってしまう私がいる。
誰かが行動を起こさないと、
いつまでたっても同じことが繰り返されると思ってしまうのです。
でもそういう生き方は、自分の人生でない人生を送る結果にもなりやすいのだ。

本当の自分に気づき人生の全てをリセットした!

大坂の一等地の本通りで看板を張りスタッフにも恵まれ、2店舗目に小料理屋を出店して、
商売として本来の目標だった組織化も果たした。 回り道や寄り道をしながらも走り続け、ある日、フト・・・・、 自分の人生をしてきていないことに気付いた。 自分のことなど何も構ってこなかった。 肝心な自分自身が置き去りに・・・・ イヤ、本当は気づいていたけど、立ち止まれなかったというべきだろう。 今まで自分の気持ちに、蓋をしてきた。 そんな私に、運命の出逢いがあった。 何千人という人に逢って、人を見てきた自分にそんな出会いがあるとは思いもしなかった。 生き方に、迷いを感じていた私の背中を押してくれた人だった。 本当の私を、初めて見抜いた人だった。 そして私は、 今までの人生を全~部リセットした。 一人の心の友だけを残して・・・・・。 生き方を変えるのには、勇気が必要です。 でも、自分の人生でないことに気づいているのなら、早急に進路を変えないと
逆に遠回りになります。

そのまま進めば、後悔しか残りません。
自分を幸せにできない人間が、自分以外の人を幸せにできるはずがないのです。 自分が幸せになれば、まわりは幸せになります。
あなたの背中を押してくれるような人と人生を歩きましょう。
それには、あなたが応援されるような人になる必要があります。 人は誠実な人を、一生懸命な人を応援したくなるものです。

なのに・・・突然!私の人生は終わった

何でも、始めるのは簡単!

だけど、綺麗に幕を下ろすとなると、そう簡単なことではなかった。

ハイ、さよなら!で終われる性格ではないだけに、誠意をもって身を引くには、
時間も体力もお金も半端じゃないほど使った。 やっと自分の人生を歩けるようになった時には、ただのオバサンになっていた。 それと同時に、彼が疲労で倒れ療養生活に入った。 ただのオバサンになった私は、療養生活を支えるため雇われ身になった。 ここで改めて受けた世間の風。 派遣業者に阻まれた就職の入り口 年齢制限 残業の規制と現場の仕事量のギャップ、 世代別に抱える悩み など、
管理された人間の世界を肌で感じることになった。 世間に降りてきたオバサンの稼ぎなどたかが知れている。 またもや、2足のわらじを履いた生活。 朝8:30~19:00まの仕事の後、仮眠を取って 夜中の2:00~6:00の早朝までの仕事の掛け持ち。 身体を張った1年半が過ぎ、彼が社会復帰。 そして迎えた彼の誕生日・・・・・。 まるで衣の表と裏を返すように、突然・・・彼は私の前で倒れて、この世を去った。 後を追いかけようとした私を踏み止まらせたのが、
彼が何よりも大事にしていた愛犬たちだった。

私の顔を覗き込み、片時も離れようとしない。・・・・・それは、今でも変わらない。 それからの日々は、魂が潰されそうな悲しみに襲われ続け、
何も感じない生きているだけの時間を過ごした。 そんな私に、故郷へ帰るきっかけをつくったのが母だった。

人間の人生・生きる意味を追求してきて・・・今がある

追い打ちをかけるようにして、突然の母の末期がん宣告。

突然去った命と、少しづつ散るように滅びて行く命を直視したことで

”死”とは・・・
”健康”とは・・・
”生きる”とは・・・

ということを問い続けた。




母もこの世を去ったことから、
生まれて生きて来た環境や生き方が、健康や命に大きく影響していくことを確信した。

このことは後に、ホリスティック医療の分野でもあるホメオパシーやアーユルヴェーダの
ベースとなる考え方だという事を知った。 健康でなければ何もできない! 生きていなくちゃ何も始まらない! 自分を直視して自分を認め「自分の心が望む人生」を生きることが、 健康の本質(エッセンス)だという事なんだ! そして、大切な人の「死」を通して、 他人の期待に沿うための人生ではなく、自分が想い描く人生を歩まないと、
必ず後悔するということを受け取ったのです。 「死」について考えることは「生」を考えること「毎日を人生最後の日だと思って生きよう。          いつか本当にそうなる日が来る」                      - スティーブ·ジョブズ -   いつか自分も死ぬ!  ということを忘れてはいけないんですよね。 私はもう二度と後悔し続ける人生はしたくない!

SNSで伝えたいことを届けることができる時代なんだ!

生きる目的もなくし 大切な人を守れなかった悔しさと、
後悔の毎日を過ごしていた。、


ただ生きていただけの私に、生きる目的を見つけ出すきっかけを与えてくれたのが、
ネット上で出逢った「言葉」「文章」でした。   魂が宿った言葉には、エネルギーがあります。   心は聴いた言葉で作られる!   未来は話した言葉で作られる!   想いが込められている言葉には、人を幸せに導く力があります。   言葉はあなたを変え・人生を変えます。 そう思うようになったのが、   「情報の質は人生の質という言葉に出会ったことが始まりだった。 そしてサイバー空間の可能性を、教えてくれた人との出逢いが、
生きる目的を見つけるきっかけになった。   今は、SNSで伝えたいことや、人の想いを繋げて行ける時代だという事を知ったのです。 これだ! この世界で伝えたいことを発信していこう! それで誰かの生きる手助けになるなら・・・・ 迷っている人の背中を押してあげることができるなら・・・・ 別れは誰しもが経験することで、避けられるものではないけど。 自分を守るのも、大事な人を守るにも無力なのはほんとに辛い。 でも、結局は 自分を守るのも・大切な人を守るのも、 自分を高めていくのも、 自分を自由にするのも、 自分しかできなんですから・・・ 全ては「自分」から始まるんです! 時間は有限です! 時間は人生であり、命そのものです。 そんな大事な時間を、自分のために自由に使わないでどうしますか。     私は、後悔も一杯した。 だから・・・・後悔する人生は、もう2度としたくない! 歩く道も迷いに迷った。 だから・・・・・このサイトは『Compass(道しるべ)』 何だかんだと・・・・・人生いろいろありましたが、 今ここに私は、こうして生きています。 自分のために自由に使える時間を手に入れて「心が望む人生」を生きています。 後は、資本主義の競争社会から早く卒業して「分かち合う世界」を作りたい。 これからは、私を救ってくれた
「言葉で人を幸せにしていく人生」
を歩いて行きたいと思っています。   そして、受け取った命のバトンを繋いでいくのが、残された私の役目だと思っています。
人生は自分のものです。 人は・・・『心が望む人生』を自由に生きなければ、必ず後悔します。
諦めなければ必ず想いは叶う。

自分を信じてあげてください。

いつからだって人生は変えれるのだから・・・・・・